こういうことあったな~というメモ。思いつくままに書き留めておく。
ふくのすけ
かわいい。脇に控えている時も常にかわいい。冒頭、三郎に「その珍妙な生き物は何じゃ」と問われて斬りかかられた後の上手側がとにかくかわいい。ヘソ天で寝てる。いやお前そこで寝るなよって話なんだけど……まあ寝てる。かわいい。起きてぐぅって伸びをしてるところもかわいい。配信には一切残っていない。
初の早替えでは幕の裾でワチャチャチャって遊んでいる。かわいい。その後ぐるっと裏を通って上手側の黒子さんの肩に乗るんだけど、時々黒子さんに撫でてもらっててさらにかわいい。私が見た中だと2回撫でられてたかな。
建速須佐之男命のシーンは「手名椎」で手、「足名椎」で足をぴょこって挙げる。かわいい。かわいいポイントしかないなこの小さき生き物。
ちらっと残ってるのだと、三条小鍛冶宗近が依頼を受けるシーンでは三郎に撫でられてヘブンタイムに入ってる。何気なく背中を撫でられる→気持ちいい~~~~~!!!!→ヘソ天→お腹もふもふ→気持ちいい~~~~~~!!!!→顎下かいかいして~っておねだり→かいかい→気持ちいい~~~~!!!!→お返しに三郎の顎下をかいかいする→顔を見合わせる→お辞儀、という流れ。見合わせてお辞儀は3回くらいやってる。これがもうかわいくてかわいくて………! おかげで該当シーンの三条小鍛冶宗近の記憶が薄い。
三条小鍛冶宗近はフクチャン大活躍シーンでもあって、稲荷大明神として飛んできた時、宗近がフクチャンを見てる時は満面の笑みで尻尾もぶんぶん振ってるのに、後ろの黒い方を見た途端スンと真顔になって尻尾も止まる。ニコスンニコスンのジェットコースターが発生している。配信だと尻尾の動きしか分からないけどニコスンニコスンの速度は伝わると思う。
ふくのすけを演じたよりくんの三郎が、ラストシーンで「これからどうする」と尋ね、三日月の話を聞いて「会ってみたなるなぁ」と驚き、最後に「山姥切国広に思いを馳せよう」と約束する。どのへんまで意図したものか分からないけど、素敵な割り振りだよね。
わんにゃん本能寺の三郎
多分京都公演から座り方が変わった。東京では段差に腰掛けていたのが、盆の上にしゃがむ感じに変わった。ちなみにここのフクチャンとの絡みもかわいい。尻尾にじゃれつくフクチャンと防ぎたい三郎。
1幕ラスト
の盆に映っている映像は、多分悲伝でまんばちゃんが時を遡ってる時の背景と同じ。四角が組み合わさったあれね。
早替え
黒子さんの一部はアンサンブルさんだったことが千秋楽後に発覚したわけだが、確かにやたら身のこなしが軽い方がいるなとは思った。黒子衣装の下にマスクをしている=ガチの裏方、していない=アンサンブルさんかな。ウィッグを変える都合か、背後で鏡を持ってる人もいた。着替え後の抜け殻は黒い箱にどんどん重ねて入れて、ハケるタイミングでまとめて持っていく。システマチックでかっこよかったなぁ。
ちなみに今回のまんばちゃんは靴下が白かった。多分、三条小鍛冶宗近と北条政子が白足袋だからそこに合わせたんだと思う。
マイク不調
11/11夜、三条小鍛冶宗近のシーンでマイクがぶつぶつ言ってて、部分的に声が拾えていない感じだった。地声だったかもしれないし、そうでないかもしれない。1階後方センブロにいたけど判然としなかった。
「大変なことになっちゃったわねぇ」とか「タァヌキに何ができるっていうのよ!」のやり取り、普段は盆の真ん中で途方に暮れているんだけど、11夜だけは早々に後ろを向いて口元をいじってたので何かは起きてたんだと思う。その後ハケて北条政子になったタイミングでよく見たらマイクが2本になってたような……そうでもないような……ともかく不調は収まった。
もしあれが地声だとしたら切り替えがすげぇな。Twitter(X)で京都公演でも似たようなトラブルがあって地声で乗り切ったって見かけたんだが、本当に分からない。どうだったんだろう。
桐野利秋
私の中で「刀の時代の終わり」といえば新選組だから、どうして桐野利秋が選ばれたんだろうなぁとしばらく考えていた。身も蓋もないことを言えば次回作で新選組を扱うからネタ被り防止かなぁ、とか。
桐野利秋という人物は今作で初めて知って、詳細も今Wikipediaで調べた程度の知識しかないんだけど、単独行での描かれ方を見ると、己の信念に殉じた人(西郷隆盛)と、その終わりを助けた人(桐野利秋)の関係が三日月とまんばちゃんに重なるように思えた。
あるいは新選組(土方歳三)は銃弾に倒れたということがかなり明確に知られているから、桐野利秋のように「刀が俺を殺す」とは言えないからかもしれない。
客席の様子
千秋楽以外はわりと初見の方も多いのかなぁという印象を受けた。フクチャンが初めて出てきた時が顕著かな。盆に乗ろうと奮闘しているところとか、その後スンと立ち上がって歩み寄るところとか、一度見ていれば分かるポイントでも微笑ましい感じになる。
福岡は笑いのツボが浅くも感じた。オネエ三郎が出てきた時に笑いが起きたりしたかな。地域ならではなのか、劇場ならではなのか、ともかく場所が違うゆえの違いも楽しかったな。
2幕が始まる前に静かになるのは、東京・京都・千秋楽。前楽はちょっとざわついたまま始まった。
3人のまんばちゃん
荒牧さん・デスマスクんばちゃん・かげんばちゃんの3人。荒牧さんが早替え中の代役まんばちゃんは、三郎に出会った夕暮れの峠道にいる時はデスマスクんばちゃん、思いを馳せる合間はかげんばちゃんで表してた……のかな?
明智光秀(荒牧)が取り乱す最中にゆっくりと舞台を横切っていくかげんばちゃんは、三郎から「やっぱり君は刀の化身なのか?」と聞かれた時に布で顔を隠そうとする。光秀は何もしない。かげんばちゃんがまんばちゃんの内心だとしたら、まんばちゃんは自分が刀剣男士(刀の化身)であるとは知られたくなかったんだろうか。
三日月んばちゃんは上手側のデスマスクんばちゃんしか見ないが、下手側のかげんばちゃんは三日月に向かって手を伸ばしている。影だから見えないんだなぁ。
平安時代が始まる時、フクチャンが「山姥切さんもういいでしか〜」と尋ねる方向も途中でガラッと変わったよね。最初は幕の方=三条小鍛冶宗近に思いを馳せる準備が整ったかを聞いてたのが、かげんばちゃん=動揺が収まったかを聞いている。ちょいメタくて笑えるシーンが優しく気遣うシーンに変わった。
北条政子と隣の席の人
初日も初日、本当に全員が初見のはずの場で、北条政子が出てきた瞬間に隣の人が機敏にオペグラを構えたことをよく覚えている。「うろたえるでない」の「う」の前にシュバッと構えたんだよね。私は当初北条政子が荒牧さんだと気付かなかったけど、隣の人があまりにも機敏すぎて釣られて確かめて気付いた。あの人は一体なんだったんだろう? まんばちゃんが色んな人に思いを馳せるらしい、という流れは分かってきたところだったから、とりあえず全員確かめとくか的な感じだったんだろうか。でも北条義時はスルーしてたんだよな……不思議な人だった……。
山姥切国広という刀
そもそも、山姥切国広という刀は本作長義以下58字を写して打たれたものだ。つまり、刀工国広が本作長義以下58字に思いを馳せて打った結果生まれた刀で。そんな刀から生まれたまんばちゃんが、その時その時を生き抜いた人たちに思いを馳せる構図がきれいだなぁとずっと感じていた。
ずっと考えてて感想にも書きたいのにどうしてか毎回抜けてしまったのでここで書けてすっきりした。
また何か思い出したら書き足すかもしれない。