行く末トーキー

はじめからはじめよ

楽しみ方 ― 明治座創業150周年記念 大祝祭

うっかり全通。

鑑賞の記録

  • タイトル:明治座創業150周年記念 大祝祭
  • 日時:2023/04/02 12:00・15:30
  • 場所:明治座

なんかトンチキなイベントの告知来たな~最速はキャスト先行か~とりあえず全部入れとけば1回くらい引っかかるだろう→あれ?という流れ。

vs明治座エアウィーヴ 第2ラウンド

結論から言うと、私はエアウィーヴ使わない方がよかった。さすがにマチソワしても無傷!とまでは言えないが昨日よりはずっと楽。昨日は朗読劇の終盤あたりでもう痛くて痛くて大変だったので……。面積が倍になった分取り除いたエアウィーヴの置き場にも困るんだけど、折りたたんで膝に乗せてた。膝を乗せるはずのエアウィーヴが膝に乗っている。

雑感

赤く輝くコロッケさん(昨日はダルメシアンみたいな柄のお召し物だった)。ものまねショーの時は同じだけど、そうでない時の衣装が毎公演微妙に違ったような気がする。紀香さんと七海さんも衣装替えあったから、あっきーさんだけ同じままなのがちょっと惜しかったなぁ(鍵本さん・武岡さん・西寄さんはゲストなので違う枠扱い)。

冒頭で説明した通り、本来は1回くらいでいいかなと思ってたらうっかり全部取れてしまったんですよ。何やるかよく分からんし、推しさんの出番も少ない(と思われる)し、ぶっちゃけ虚無るんじゃないかと一抹の不安があった。

でも終えてみたら4回ともすごく楽しくて、見るほど細かなところに目が届くというか、理解が深まる感じがした。普段見ている演劇作品と違って話を追う必要がないから、部ごとに一息入れられたのもよかったのかも。もちろん「元を取ってやろう」みたいなセコい考えもなくはなかったが純粋に楽しかった。

回を追うごとに出演者さんたちが仲良くなっていくのも目撃できた。あっきーさんとまっきーさんの距離が徐々に縮まってった。あっきーさんの「僕の心はいつでもオープンだから」は嘘ではなかった。

朗読劇もさぁ、回を重ねるほどに理解が深まる。紀香さんと荒牧さんの朗読スタイルって全然違う。紀香さんはどちらかというと立ち稽古に近い感じ。台本を片手に持って、空いた手で軽い仕草が入る。視線も台本よりは正面に置いている。この後台詞を覚えて本格的に芝居をつけて、そのまま本番に臨みそうな躍動感があった。

一方荒牧さんは台本を両手に持って、視線も台本に落ちがち。歌右衛門の目が見えない設定も関係あるのかな。視線を上げる表現がすごく的確に使われていた。明確な仕草は行灯に手を伸ばした時くらい。朗読劇じゃない場合はまた違うアプローチをしてくるんじゃないかなと思いながら見てた。武岡さんも荒牧さんに近かった。

そういえば、朗読劇だからこそ、冒頭のやり取りで世界観にぐっと引き込まれるよね。「富士はあっちだ」「あ、ああ、そうでしたね」で引っかかりを覚えて、行灯のくだりで目が見えないんだと分かる。自然と想像力を働かせる導入。複数回見て「あ、ああ、そうでしたね」の直前で微妙に顔を歪めると分かって、歌右衛門~~~~~~!!!!って悲しくなってた。でも正しい方向を見る時には穏やかな笑顔に戻ってる。さすが大坂いちの役者。

そう、表情。普通の芝居だと舞台に出てきた時にはすでに役の表情だし、ハケる時も同じ。でも朗読劇だと、スポットライトが当たっていない時は素……というか、そこまで強い芝居をしていない風に見える。切り替わる瞬間を見られるってすごく貴重だよね。特に中村座に手紙が届いた後、歌右衛門の長台詞が始まる瞬間と、先生の元にたどり着いた瞬間。それまで静かに台本に目を落としていた荒牧さんが、パッと目を見開き、前のめりになる。加賀屋歌右衛門に切り替わる。はぁ~~~思い出すだけで惚れ惚れしてしまう。とても良いものを見られた。朗読劇ならではの楽しみ方が身についた気がする。

どうせ分からないだろう、知らないだろうって遠ざけるんじゃなくて、どうにか楽しめる方法がないか、自分なりの取っ掛かりを探そうって思えた意味でも、4回とも見れてよかった。自分から「今日は楽しむぞ!」って意気込んで現場に行くのも大事だよね。楽しかった!