行く末トーキー

はじめからはじめよ

無力感 ― 舞台「私に会いに来て」

雨の日にぜひお聞きください。

観劇の記録

  • タイトル:「私に会いに来て」
  • 日時:2019年9月16日 12時半・17時
  • 場所:新国立劇場 小劇場

雨が重要なモチーフになっている作品の楽日に雨が降るって、偶然にしてもできすぎてるでしょ。

座席位置

マチソワともに1階真ん中あたり。

雑感

終わった……………………。

もう死ぬまでレクイエムも奇想曲も聞きたくない。けれどやっぱり頭の中でぐるぐると鳴り響いている。藤田さんがカテコで「僕が少しずつ狂っていくのを見てくださりありがとうございます」って言ってたけど、私も十分狂ってしまったような気がする。連休が休日じゃない。労働以上に疲れた。

そういえば、初日からずっと謎だった「恋愛要素は日本版オリジナルだと思いこんでいた理由」なんだが、ついに根拠を発見した。

saizenseki.com

今回、日本で上演されるにあたり新たに恋愛要素も加わるということで、

これだった。うーーーーんじゃあやっぱりミスキムとキム刑事のやり取りは日本版だけなのか? 韓国語分からんから調べようがない……。謎は深まるばかり。

キム刑事はミスキムをどう思ってるんだろう。初日と14昼は、手錠をかけられた後の手に迷いが見えたけど、14夜~16昼は割としっかり抱き寄せてて、16夜は手錠がかかった方の手もちゃんと答えてた。ミスキムの詩を聞いた時に少しずつ表情が変わっていくし、自殺未遂の時の動揺具合からしてもそれなりに大事には思っている……のかな? けど彼は一度もミスキムを呼ばない。「お嬢ちゃん(お嬢さん?)」「お前」呼びしかしない。電話のシーンで1箇所どうしても聞き取れないところがある(秋2を朗読する直前、便箋を手に戻ってきて受話器を取った直後)けど、そこで呼んでるような気もしない。投げつけられた目薬を見てきょとんとした後に「しょうがないな」みたいな感じで笑ってるところが好きです(話題の急カーブ)。パク記者とチョ刑事もそうだけど、人間関係が一筋縄ではいかなさすぎる。

というか、ミスキムって「Miss. Kim」ってこと? それとも「ミス」って名字なの? 1人だけ名前がよく分からない。ナム夫人もナム夫人だしなんかそういう規則なのか? 韓国語本当に分からない。

でもこの2人の関係がどうでもよくなっちゃうくらいには本筋が重たすぎて気が狂う。なぜか昨日の夜ブログ書いてる時が一番発狂のピークで、マチネも劇場入ってレクイエム聞いて泣きそうになってた。もう本当にあの曲トラウマだよ……。もう絶対聞きたくない。もう無理。

で、今日のマチネを通して見て、1つ気付いたことがある。この事件の被害者って、実際に殺されてしまった人たち以外にもいっぱいいるんだよなって。キム課長とキム刑事は発狂するし、パク刑事は転職する。チョ刑事は別の警察に異動する。その他にも、キム課長とキム刑事の前任者がいたはずだし、イ・ヨンチョルもある意味で被害者だよな。ナム夫人もなかなか大変な目にあってるし、出てきていないだけで遺族もたくさんいる。数字に出てこない被害者が膨大すぎる。創作とはいえ安易に解決しなかったのは、この「数に入らない被害者」の姿を浮き立たせるためでもあったのかなぁ。

初日からずっと、溺れるような感覚に悩まされてきた。終わってすぐにあれこれ話せる人たちがすごいと今でも思う。終演直後は他人の言葉すら耳に入れたくない。初台駅に滑り込んでくる電車の前に身を投げ出すかどうか真剣に悩み、先頭車両が自分の前を通り過ぎて大きく息をつく。ホームドアないからね、飛び込んだら一瞬でヒュンだよ。

全部で7回見て、多分これは無力感に近いんだろうなぁ、と分かった。こんな単純な言葉では何も伝わらないんだけれど、あえて一言に圧縮するなら「無力感」が一番近い。これだけ手を尽くしているのにどうしてわからないんだろう、どうして終わらないんだろう、と毎回思う。客電が落ちて、奇想曲が始まるたびにどうせ何も変わりやしないと絶望する。今度こそ何か変わるんじゃないかって本気で思ってしまう。そのくらいの熱量がずっとあった。7回ぶっ続けで見たのに、もうほとんど台詞も覚えているのに、それでも、そこにない希望を見てしまう。毎回「同じ台詞」「同じ筋書き」ではあっても「同じ空気」「同じ演技」ではないからかなぁ。毎回毎回、何かしら違うところがあって、そのせいで希望が捨てられない。

最初と最後の車椅子のシーンって、パク刑事が辞めてから(≒キム刑事とキム課長が発狂してから)どのくらいの話なんだろう。パク記者が「うちの父も2年目には~」って言ってるから、そろそろ2年が経つ頃ってことなのかな。事件は終わらないし、事件に関わってしまった人たちの人生も終わらない。初日はキム刑事が自殺するんじゃないかと思ったけど、自殺した方がマシな気もしてきた。「今は正気に戻って」って言ってたけど絶対どこかのタイミングで揺れ戻しが来るやつじゃん……そしてもう二度と戻れないやつ………。人の残酷さよりも脆さが怖くなる。

4日間7公演、本当にずぶずぶに浸かった結果、まじで死ぬかと思った。もうやりたくない。レクイエムも奇想曲も聞きたくない。それでも、この言葉を信じてよかったなと思っている。

「もしも負だったとしても、観てほしい」

発狂するほど良い作品でした。