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行く末トーキー

はじめからはじめよ

続 推しのいる映像がしんどい話

前編はこちら

goodbye-talkie.hatenadiary.jp

しんどいのは嫌だがなぜしんどいと思ったのかわからずもやもやしてるほうがもっと嫌なので見返してみた。

以後はだらだらとしんどさを分析してるだけです

とりあえず、何度か見返してしんどいと感じたところを書き上げ、共通点があるかどうか考えてみた。しんどいポイントは結構あったが、回ごとに違ったり(2回目はしんどくなかったのに3回目はしんどいポイントになったり)、また同じポイントでもしんどさの比重が違ったりと、終わってみるとやる意味あったのかと思わざるを得ない結果だった。詳細は公開しないけれど、無理に共通点を見つけるとするなら「荒牧さんが出ている場面としんどいと感じた場面に関連性はない」くらい。荒牧さん以外の役者さんとの関係性もとくになかった。だから、演技の面でしんどさを覚えたわけではないと言っていいだろう。

次に脚本。こちらも特にしんどさを覚えるつくりではなかったと思う。むしろ、20分の枠の中で起承転結をつけ、登場人物それぞれがきちんと役割を持っていた(ただいるだけの空気役がいなかったり、脚本の都合で無理に動かされている役もいなかった*1のだからしんどさとは縁遠い。逆に、ストーリーにだけ注目しているときはプロのお仕事はすごいなぁと感心した。

では登場人物のキャラクターに何かひっかかる部分があったのだろうか? というのも違うように思う。もちろん、この話は全員が善人のほのぼのストーリーでした~パチパチパチ~という話ではない。かといって悪人しかいない話でもない。ある程度誇張されている面もあるが、どこにでもいるような人物しか出てこない。上野さんは…まぁ…ちょっと違うかもしれないが、そこは主人公補正ということで。誇張のされ方も話のわかりやすさを補強するためだろうと察する程度であり、内部にこのキャラを恨んでる人がいるのかと疑うような歪み方をしている人はいなかった。嫌な奴は嫌な奴なりに「嫌だなぁ」と思ったが、それは脚本が「嫌な奴だと思わせよう」と狙っているのであって、私が感じたしんどさとは別物だ。だから、キャラクターでひっかかりを覚えたとしても、ここまでしんどさを覚えることはないと思う。

じゃあカメラかな、場所かな、服装かな…とどんどん掘り下げていったがどうもしっくりこない。最終的には単に相性が悪いだけだったのにあれこれ理屈をつけようとしてるだけなんじゃないかと嫌気が差してきた。いくら自分の好きな俳優さんが出ていようと、嫌なものは嫌だし、しんどいものはしんどいでいいんじゃないかと思いたくなってきた。しんどいの倍プッシュである。

さすがに見返しすぎてしんどさ倍プッシュされて正常な判断ができていない可能性があったので、息抜きに↓を見た

もののふ白き虎 ―幕末、「誠」に憧れ、白虎と呼ばれた若者達― [DVD]

略称が「もふ虎」ってかわいいよね。

2年ほど前に会津を旅して、彼らの足取りだったり最期の地を見てきたことを思い返しながら、相変わらず和田さんイケメンだなぁとか、あっこっちの土方さんって今刀ミュで青江やってる人かとか、龍之介*2のうめき声が聞こえると思ったら白又さん出てるんだーとか、ストーリーとあんまり関係ないことをつらつらと考えていた。座ったままスーッと動くの結構シュールだなぁとか。歴史にうとい身としては「斎藤一」は薄桜鬼だけの存在だった*3のでこっちでは全然違うんだなーとか。

で、見終わってみて唐突にしんどさの理由に思い至った。

見るにあたっての身構え方が全然違うという、作品には何の関係もないポイントで、ラブホの上野さんにしんどさを感じていたんじゃないか? というひらめきを得た。

もとから私は感情移入が激しいというか、普段は表情に乏しいし感情表現もほとんどしないのにいざ映画とか小説とか読み始めると今までの無表情はなんだったのかという入れ込み具合を見せる、らしい。自覚はない。が、一緒に映画などを見に行った人はそろってそう言うのでたぶん事実なんだろう。

まぁ確かに薄ミュ黎明録を最初にDVDで見たときはひとりで号泣してた。ああいう「自分には無理だからお前に託すんだ」系の話に弱いのは自覚してる。それで託した側が死んでしまったりしたらもうそれはやばい。語彙力が失われる程度にはやばい。あと不条理系。やりたくないのにやらざるを得ないとか。自分のやりたいことと自分のあるべき姿が乖離してて、それをどうやって折り合っていくかとか。最終的に落としどころが見つかっても見つからなくても、葛藤している姿を見るだけで涙腺決壊警報が出る。

そういう意味では、荒牧さんとの初対面が刀ステであり、それで興味を持って次に見たのがミラステだったのは、自分の好みの中心を射抜いていた。好みである分入り込み具合も半端なく、その経験から「荒牧さんがいる作品=自分が入り込める作品」という刷り込みめいたものができたのではないだろうか。全編通してほぼギャグだった防衛部や初恋はそういった下地ができたあとの体験だったから、話の筋に入り込むほどの好みポイントが少なかったとしても十分に入り込んで楽しめた。だから、「荒牧さんがいる作品=自分が入り込める作品」の法則が無意識に強化され、いつしか荒牧さんが出ていれば無条件に入り込めるんじゃないかと期待するようになった…のだと思う。

もちろん現実はそうじゃなくて、話が合わなければ入り込んで見るのは難しい。たまたま荒牧さんが出てる作品に自分が入り込めるものが多かっただけの話だ。そこがわかってなくて、「いつもならすごく感情移入して見てるのになぁ」と無意識に考えながらだったからしんどさを覚えていたのだろう。

荒牧さんのことは好きだし応援したいけど、盲信するのはほどほどにしないとなぁと思った経験でした。

あーーーーなんかすっきりしたから初恋モンスター配信見るね!

*1:私が最も苦手とするのがこれ。いずれ詳しく書きたい

*2:薄ミュ黎明録

*3:会津でお墓を見たはずなんだけどたぶんスルーしてた。近藤勇のお墓はなんとなく覚えてる