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行く末トーキー

はじめからはじめよ

世界を知るには世界が狭すぎる

あるいは、私が観劇当日に記事を書くことの意味について。

同じグループの他の方の記事は実は全部読んでいます。同じ劇についての記事が続いたりするといろんな見方があるもんだと意味もなく感心したり。どれも文章がうまくて、そんな素敵な文が書けるようになりたいなぁと思っています。

自分が応援したいなーと思っている俳優の荒牧さん・輝馬さんともに次の現場が薄ミュなので、少しだけ間が空いてしまう。だから何か違う方の劇、特に原作なしのストレートプレイのものを見に行きたいなぁと思っているのだが、こういうのってどうすれば情報を集められるかよくわからない。原作付きなら、原作を読んでみて、いい感じだなぁと思えば見に行く動機付けになるけれど、原作がないとそもそもどういうものがあるのかもわからないし、情報が入ったとしてもいい感じかどうかがわかりづらい。

そういう時に役立つのが、先にその劇を見た人の感想記事になる。ネタバレ気にしない質なのでじっくり読み込んでいる。どのくらいかというと内容が暗唱できるレベルで読み込む。いつかは自分の直観を信じて前情報なしで見に行ってみたいが、それをするためには私の世界は狭すぎる。今はまだだれかの手を借りなければ満足に歩くこともできないくらいだ。

でも、たいていの感想記事はその方が見てから数日経ってから書かれることが多くて、私が読んで興味を持った時点ですでに千秋楽が終わっていたりする。もちろんその方なりのペースがあるしこちらが勝手に参考にしたがっているだけなので何か言うつもりはない。けれど、映像に残らない舞台が多いことを思うと、自分がいいと思った舞台についてはなるべく早く言葉にしておきたいと思ったりする。口下手なので参考になるとは思わないけれど。

あーお金無限に湧いてこないかなー。